
人生の中で、誰もが避けて通れない「別れ」があります。
どれだけ心の準備をしていたとしても、
その瞬間は、胸の奥に深い喪失感をもたらします。
私は、3年前に母を亡くしました。
あの時の悲しみは、想像を超えるほど深く、
言葉にならない嗚咽が、波のように何度も押し寄せてきました。
人は、こんなにも泣けるものなのだと知ったのは、この時が初めてでした。
母の最期に寄り添いながら、
私はたくさんの記憶を静かにたどりました。

この手でごはんを作ってくれたこと。
幼い私のために、お人形とお揃いの服を縫ってくれたこと。
学校から帰ると、必ず笑顔で迎えてくれたこと。
そして、私を産み、育ててくれたこと。
あたたかくて、優しくて、かけがえのない存在。
もう話すことも、触れることもできない現実を前に、
私は深い悲しみの底にいました。
悲しみの中にいる時、人は自分の心の声を受け取れなくなることがあります。
その“心のサイン”については、こちらの記事でも触れています。
→ 違和感は“真実のサイン”
「時間が癒してくれる」は、本当ではなか
よく「悲しみは時間が癒してくれる」と言われます。
私もそう信じようとしていました。
でも、どれだけ時間が流れても、
私の中の悲しみは薄れるどころか、
むしろ静かに形を変えながら、心の奥にずっと居続けました。

日常のふとした瞬間に涙がこぼれ、
季節の匂いを感じただけで胸が締めつけられることもありました。
そしてある日、私はふと気づいたのです。
「悲しみは、乗り越えるものではないのかもしれない」
と。
悲しみと共に生きるという選択
そこから私は、悲しみと戦うのをやめました。

「悲しいよね。悲しくて当然だよ」
「大切な人を失ったんだもの」
「無理に明るくならなくていいよ」
そう、心に優しく声をかけるようにしました。
悲しみを押し込めるのではなく、
その深さをそのまま抱きしめて生きていく。
そう決めた時、不思議と呼吸が楽になったのです。
悲しみの中にも、やわらかい光があることに気づいた瞬間でした。
悲しみは “心の奥にある愛の形”
もし今、あなたが大切な人を失った悲しみの中にいるのなら、
どうか覚えていてください。
無理に乗り越えようとしなくてもいい。
泣きたい時には、泣いていい。
悲しみを感じることは、決して弱さではありません。

その悲しみは、
あなたがその人を深く愛していた証なのです。
悲しみは消えてしまう必要はなくて、
やがて“静かな優しさ”に姿を変えながら、
きっとあなたの人生にそっと寄り添ってくれる。
そしてその優しさは、あなたが誰かを支える時、
静かに灯りとなってくれるはずです。