若さがすべてだと思っていた頃の私

少し前までの私は、
「若い=きれい」 「年齢を重ねる=下り坂」
どこかで、そんなふうに思っていました。
鏡を見るたびに、昔の自分と比べてしまったり、 若い頃の写真を見ては、
「もう戻れないんだな」と勝手に落ち込んだり。
今思えば、 若さを基準にしている限り、 安心できる日は一日もなかった気がします。
だって、年齢は止められないから。
きれいになりたいはずなのに、 いつの間にかそれを 自分を追い込む材料にしていたのだと思います。
年齢とともに変わっていく“美しさの基準”
でも、気づきました。
若さだけを指標にすると、 どれだけ頑張っても 「足りない自分」しか見えなくなる、ということに。
過去の自分と比べるより、 「今の私は、何が心地いい?」 「今の私を、一番きれいに見せてくれるものは?」
そこに目を向けたほうが、 ずっと楽で、ずっと美しい。
美しさの基準は、 年齢と一緒に変わっていい。 変わるからこそ、深みが出る。
そう思えるようになってから、 年齢を重ねることが、 少しだけ楽しみになりました。
無理をしない美容は、心の扱い方とも深くつながっています。
心が疲れているときに、私たちがついやってしまいがちなことについては、
こちらの記事でも触れています。
『品』とは、外見ではなく“にじみ出るもの”
私は、年齢を重ねるほどに、 その人が持つ「品」は隠せなくなると思っています。
姿勢や所作、言葉の選び方。 表情のやわらかさや、ふとしたときの空気感。
それらはすべて、 作ろうとして作れるものではなく、 その人がどう生きてきたかが 自然と表に出たもの。
自分を雑に扱っていると、 知らず知らずのうちに 人への接し方も雑になってしまいます。
そしてそれは、 ちゃんと外見にも表れてしまう。
逆に、若い頃よりも 年齢を重ねてからのほうが なぜか素敵に見える人がいます。
派手ではないのに、目を引く。 それこそが、 年齢を重ねたからこそ にじみ出る美しさなのだと思うのです。
品は「自分を丁寧に扱う美容」から育つ

品のある人は、 自分の扱い方がとても丁寧です。
スキンケアを流れ作業にしない。 肌に触れるときも、急がず、乱暴にしない。
摩擦を減らし、 触れ方をやさしくする。
それだけで、 美容の時間は大きく変わります。
大切なのは、 美容で頑張りすぎないこと。
自分を疲れさせる美容は、 長くは続かないし、 品も育ちません。
「ちゃんと大切にされている」という感覚は、 肌にも、表情にも、 必ず表れていきます。
似合うものを知ることが、品をつくる
年齢を重ねると、 若い頃と同じメイクや服が、 なぜかしっくりこなくなることがあります。
それは劣化ではなく、変化。
年齢に合わせるのではなく、 「今の顔」「今の雰囲気」「今の私」に 合わせていく。
年相応の基準は、人それぞれ。 人が決めるものではありません。
無理のない美しさは、 それだけで、とても上品に見えるものです。
きれいでいたい気持ちと、疲れてしまう心のあいだで揺れたときに。
そんな感情については、
『きれいでいたい』と『疲れてしまう』のあいだで、でも綴っています。
品がある人が放つ“静かな余裕”
品がある人は、 頑張っている感じがしないのに、 なぜか美しい。
それは、自分のペースを知っているから。 他人と比べないから。
だから表情がやわらかく、 空気に余裕があります。
張りつめた美しさよりも、 少し力の抜けた美しさのほうが、 年齢を重ねた女性には よく似合うのだと思います。
若さを追わないという選択が、心を軽くする
若さを追い続ける美容は、 終わりがありません。
追いかければ追いかけるほど、 「足りない自分」ばかりが目につきます。
老いではなく、 変化していく自分として受け入れる。
その先にあるのは、 自分を好きになるための美容。
品を育てる美容は、 誰かになるためのものではなく、 自分と仲良くなるためのものだと 私は思っています。
おわりに:静かに積み重なる美しさを育てていく

20代の美しさは、 生まれ持ったもの。
でも、年齢を重ねてからの美しさは、 その人がどう生きてきたかの積み重ね。
今の自分を否定しなくていい。 焦らなくていい。
静かに、丁寧に。
自分を大切にする時間を 重ねていくことで、 美しさはきっと、 あなたの外側に にじみ出ていくはずです。